忠義は欲に勝るか
2025/5/4気焔万丈GW2025での新刊サンプルです。
小説冒頭あたりを載せております。
「なんでも大丈夫な方向け」同人誌です。
完全自分のための性癖本なのでご注意ください。
内容としてはタイトルの通りになっており
モブなどがでてきますが一棒一穴は遵守してます。
2025/4/25
視界が朦朧とする。
脇腹に蹴りを十度、頭を掴まれ、顔面から地面に叩きつけられ、腫れ上がった皮膚と頭から流れた血が視界を塞ぐためだ。
下卑た笑いもせず、淡々と作業を為すよう暴力を振るわれる。そこに人を痛めつける故の戸惑いは無く、まるで毎日の食事のように熟れた行為である事が分かった。
喉から迫り上がる血の味を飲み込み、舌を噛まぬよう歯を噛み締め、無感情に血の混じった痰を吐き捨てると、外野から舌打ちが入る。
「大分痛めつけたが、もう少しやるか?」
「ビクともしねぇよこのデカブツ、化け物か」
これらは人の皮を被った賊徒という名の獣である。
かつての自分がこうであったように、この獣達もまた自らの命を繋ぐ為にただそうしているに過ぎないのだ。人としての営みがなく、奪う以外に価値のあるものを手に入れる手段がない。働くには理がなく、作るには力を持て余し、どうあろうと蛮行を繰り返す。すると人々からの信が無くなり、更に底なし沼のように抜け出せず、深みに嵌る。
全くもって自らの身に覚えのある光景ではあった。
「………………………」
「おい、何とか言え出自を吐けっつってんだろ」
「こいつ何も喋らねぇぜ兄貴」
城では滅多に聞かぬ賊特有の訛りのある早口の口語は、その辺の市井の者にはほとんど聞き取れぬ筈だ。
付き合っても何にもならいと聞こえぬ振りをしても、自分の血が床に広がった血溜まりが一方的に広がるだけであった。
ふと、自らの肩越しに天井を見やる。天井といえど、全て土壁であり、元々山の斜面に開けた洞窟をさらに掘られた動物の仮宿のようなものだ。当然、窓はないものの、ここに連れてこられた時分から外はしとしとと雨が止まず、洞窟内はあちこちから雨漏りがしていた。それは未だ続いており、捜索の手は遅れそうだと、小さくため息をついた。
おそらく救援まで早くて三日ほど……その分の時間を自分が稼がねばならない。囚われた自分とその主が、賊徒の巣窟となったこの洞穴の中で生存する為の時間を。
そう、自分は自らの主、孫権様を守る事が出来なかった。
事の始まりは、息抜きと称して偶然重なった休日に、丁度手が空いているならと主に呼び出され、遊びのために外出をした所からだ。当初はこの湖岸に我らは長居するつもりでは無かった。
しかし、主が自分の漕ぐ舟に乗りたいと仰って下さったので、小舟に乗せ昼間の内に近場の安全な湖で少しばかり遊び、直ぐに城へ戻るつもりだったのだ。
……という手筈だったのだが、今は舟遊びには時期が悪かった事をつい失念してしまった。そう、春先から初夏に変わる今の時期、丁度冬に溜め込まれた物資を載せた商船が多く出る時期で、港が大船の停泊で占められるため、更に裏をかくように商人達は小舟に安物に扮した高価な荷を積み、川と湖を渡り荷運びの代金を浮かせるのだ。そして、そういう舟を狙う輩がいた事を忘れてしまった。
突如不安定な足場である小舟上に現れた多数の賊徒の影によって、真っ先に孫権様が人質に取られてしまった。取られてしまった、と言ったがそれを許してしまったのは、護衛であるはずの自分自身である。
水上からの舟での接近でなく、水中を経由して船の下から襲ってきたのだ。まさか、その水音をこの俺が気取れなかった。即座に侵入した賊によって、彼の首に、その命に、刃を当てて脅されてしまえば、自分は一切の抵抗が出来なくなり、そうして腰に提げた武器を全て取り上げられた。
ここまで連れてこられた道程でおそらくこの賊徒の集団は中人数の組織だろう事は散見された。知性は低いものの頭は回る方らしい。その根城は複数あり、危険を分散させているようだ。 おそらくこの場所もその一つ。
その場で口封じに殺される可能性も大いにあったが、孫権様自体が立場のある者と匂わせ、そこから自分に対しての敵愾心を煽り、殴られ続ける役目を引き受け、今はあのお方への暴力は向かってはいない……はずだ。
幾度殴られようともあまり深い傷はつかないため、特に動けなくなるほど痛いわけではなかった。自分は消耗はしているものの意識が飛ぶことないが、どうしても別室に連れていかれた我が主、孫権様の安否は気になる。かつての宣城の折には、敵に囲まれた危険な状況下で目の届く範囲にいたため守りやすかったが、今回ばかりはそうはいかない。
賊共に釘は刺したので安全だと信じたいが、この獣相手にそう上手く事が運ぶとも思えない。そう、水賊という輩に我々の言葉が通じるとは思ってはならない。
「あー赤髪ってよぉォなーんか噂で聞いた事はあんだけどド忘れしちまったァ」
「目も珍しい色だよなぁいい家柄だとは思うんだが、金品を持ってねえからなぁ」
「無理だアニキこいつ絶対吐かねぇ……手応えがねぇもん」
アニキと呼ばれた、賊徒の中でも特に柄の悪い男が眉を潜ませる。身なりは他の輩よりも幾ばくが良い物を着ていた。
この土牢の床に転がされたままなので顔は見えぬが、肩越しに聞こえる賊徒の声は苛立っているようだ。自分はと言うと夜通し暴力を振るわれ続け、視界は不良ではあるが、意識ははっきりしている。あとは、肋を1本ほど折られ、頭に傷が入り血は流しているが、まだまだ体力には余裕があった。
あと丸一日はいける。
「でけぇ分痛みに鈍いみてぇだな」
「仕方ねぇ売り物になると思って手を出せなかったが……赤髪の方を出せ」
まずい。
もう少し痛がっている振りをするべきだったか。まだあと一日はこれで粘ることが出来たというのに、主がここへ出されるのが想定より早かった。
「おい、赤髪来い」
「引っ張るな、縄が巻かれ手が使えぬのだ。転んでしまうぞ」
「……チッ」
凛とした、少し高めの張ったかのお方の元気そうな声が背中越しに聞こえ、ほっと薄く息をついてしまう。声色を聞く限りここまでは特に何事も無かったようだ。数年前の宣城の件から様々な件を経て、成長なされた事もあり、命が掛かった状況下でも恐怖に怯えぬ様を見せるよう平素を装っている。
木製の古戸が音を立て開くと奥から湖岸で見た時と変わらぬ庶民に扮している筈の我が主がこの部屋に足を踏み入れる。
瞬間、その足がほんの僅かの時間、止まる。
「…っ……………」
…………酷い血の匂いであろう。
一晩中痛めつけられた自分のものだ。
この辺り一面、血の跡で酷く汚れている。
孫権様は、ギリ、と強く自らの歯を食い縛り、その歯ぎしりの音を殺すように一つ咳払いをする。平静を装いながら連れてきた男によって部屋の端にある汚れた古い椅子に座らされた。
その後ろには相変わらず小型の弩を手に、孫権様の頭をいつでも貫けるよう構えを解かない賊徒の一人が控えている。
そう、このため自分は実力行使に出る事が出来ない。自分自身のみだった場合、今すぐにでも縄を手で破り抜け出すことは容易である。だが、その瞬間、この矢がこの方の頭を貫いてしまう。おそらく強い毒が矢の鏃に塗られていて、打たれればほぼ即死となろう。
隙を待たねばならなかった。
「そこに転がってんのは、お前の従者だな」
「ああ、……勿論、そうだ」
彼を知らぬ者には分かりにくいが、孫権様は僅かに語尾が上がり、酷く動揺していた。そして、それを必死に押さえ付け、まるで何事もないよう冷静を必死に振舞っているのだ。
それも当然だ。
きっと、このお方はこのように自分の関与できぬ天災のようなものに命を天秤に乗せられるような危険な出来事からは、武門の家によって守られてきた。そして今は自分が彼を守っていた、はずであった。
だが、この方は非常に頭の回転が早い。どのような振る舞いが我々の身を守るのか咄嗟に判断できる力がある。
そう、この盗人達に我々の動揺を見せてはならない。それが分かっている。
動揺を悟られた暁には更に我らの拷問は激化するであろうし、最悪の場合、命に手を掛けられるかもしれない。
更に賊徒による問いかけは続いた。
「だいぶお前のものを痛めつけたが、俺たちが憎いか?」
「………私の、従者は頑丈でなぁ。この程度ではビクともしないだろうな」
「ゲハッハッハその通りだ」
「俺らも困ってたんだ。一晩中痛めつけたのにこいつ、バカみてぇに鈍いからよ」
「………………」
いくら殴っても痛めつけても、血を流しながらもピンピンしてやがる。
でも、殺しちまったら死体が残るから困るんだよなぁ。
などと、和やかに話している傍で、気が急き苛立ったらしい、その中の二人が端から野次を飛ばしてくる。
「んな事は今聞かなくていいだろがぁ!」
「出自を言え!男!」
どうやら賊徒共は一枚岩ではないらしい。
こう見ると、まだこの場で我々を監視する顔に頭らしき立ち位置の者はいなかった。各々が好き勝手に、統率なく賊らしき行動をしているだけで理がかなっていない部分も多い。
自分が遥か昔湖賊をして身を立てていた時分は、孫家の治世も皆無であり、治安という概念のない世であったため組織内の統率は絶対であった。賊徒の数が余りに多く、手際よく洗練した動きでなくては獲物の奪い合いの激化していた盗賊同士の競争にさえ打ち勝てない時代だったからだ。
治世と共に柔らかくなった市井の者を相手にする賊徒はなんと甘く、粗雑で、放埓。恐らくこの賊共は自分が生きる為に盗みの行為を行う事で自身の命を危険に晒している事すら自覚してはおるまい。
賊共の要求に答えるよう、孫権様が声を張って堂々とその偽名を晒す。
「昨夜に名は蒼と言っただろう」
「偽名以外のなにものでもねえな」
確かに安直ではある。
だからといって本当の名前を晒すような真似は当然のように決してしない。
孫権様は少しずつ情報を探るように偽の出自を賊徒共に見せていく。
「とはいえ……役人っつー面でもなさそうだ」
「残念ながら私はただの商家の出だ。もし家に返してくれれば金はたっぷり払うぞ」
「商家、なぁ……」
完全に嘘ではあるが声に少し本音も混ざっていらしたとは思う。孫権様の事だから解放された場合、この賊徒共に本当に金品を譲り渡す可能性も、ある。
だが、それを分かるような賢い者は残念ながらこの場にはいなかったようだ。
「やれ」
「………………ッ」
顔を蹴り上げられた。
前触れのない顎への攻撃に、視界がぐるりと回って目の前に光が飛ぶ。
「そうは見えねえよ」
「…手厳しいな。だが本当の話だ」
「嘘しか言わねぇぞこいつ」
「嘘では無い」
なんとか脱出への足がかりにならないかと、口頭でのやり取りは続くが、だいぶ厳しい状態である。こちら側に信用出来る要素が無いのと、我らが武人の見た目をし過ぎているためずっと警戒されているのだ。
「……」
「顔が割れて足がつく分、てめえらをこのまますんなり返す訳にはいかねんだ」
「ならば……どうせよと」
主のその言葉に返すようにずっと閉め切っていた洞窟の入口側の頑丈な鉄扉が開き、一人の大柄な男がこちらへ歩きながら、答えた。
「身分を明かして需要のあるとこに売りゃいい」
「お頭……!」
「だから出自を聞いてんだろ?」
お頭という事はこの賊徒共の長か。
今までこの獣共が統率が取れていなかった理由がわかった。
昨晩は不在だったらしく、数日振りの帰還だったのかアニキと呼ばれた者を含む数人の僅かに空気が締まった。
「嘘しか言わねえんだこいつ」
「じゃあそいつを拷問にかけりゃいいんじゃね?」
「バカが!そしたら商品に傷がつくだろうがよ!」
「……………………」
突如、浮上した提案に身が強ばった。
薄暗い洞窟内で賊徒共がいい褒美を貰おうとお頭とやらに少しでも良い提案をする為に好き勝手に詰まらん口論をするも、勿論それは一蹴される。
「何のためにわざわざ攫ったんだよ」
「…………」
「じゃあ」
お頭と呼ばれた大柄な男は、『商品を傷つけずに心を折る方法』を、口を歪め吐き捨てる。
「犯すか?」
ひゅっ、と冷や汗が背筋に流れる。
犯す、陵辱。そちらに話が流れるとは思わずつい舌打ちが出そうになる。別にこの賊徒共に性的な欲求不満があるようには思えなかったため、油断をしていた。話を戻す方法を頭の中で考えるが、いい案は出てこない。せめて対象を自分に出来れば良かったが、この無駄に大きい体つきではそれも難しいであろう。
「案外、そっちの大男が主人を思って、口を割るかもしんねぇぞ」
売り物の男なら処女とか関係ねぇし、結構悪くねぇんじゃねぇか?とお頭と呼ばれた男が笑うが、そこに処女が関係がある場合もあるのではと耳打ちする仲間もおり、少し揉めている。
「………………」
「はぁ?勘弁してくれよ女なら兎も角よ」
「俺も男はちっとなぁ」
「顔はいい方だが悪いが興味ねぇ」
取り囲んだ若い賊徒共も、この話の流れについていけず、上の決定に拒否を出せるような個々人で行動する組織らしい。どうやらお頭とやらの決定に各々自由に行動する首を振って役目を放棄しようとする者が多かった。
だが、万が一陵辱などされてしまえば最悪の場合、まだお若い孫権様の心を本当に壊してしまう可能性は高いからだ。話を逸らせないかと思考を巡らせていると。転がされた自分の背後に大きな影が立った。
「バーーカおめぇ……こうすんだよ」
「?」
孫権様の腕に括られた縄を外される音が聞こえ、そしてそのすぐ後、床に突っ伏していた自分は縄で繋がれたまま身を起こされた。全身傷だらけではあるがまだ自力で立つことは出来る。土床と血で荒れ、縛った髪が乱雑に解けかかり、左目にかかり邪魔だ。半分が潰れた視界のまま、俺は数刻ぶりに足で地面に立つと、少しふらつきはするが確かに体力は残っているのを感じる。まだまだ倒れるには早すぎる。そう、主に向けられた弩さえなければここから逆転の目もあるのだ。
半日ぶりにそのお姿を目に入れる。
少し窶れてはいるものの、爛々とした目は変わらず、しっかりとこちらを見据えて安心を感じていた。俺の様子に酷く動揺していたが、その色を上手く隠して敵に見せることは無い。
若いながらも、本当に肝の据わった俺の自慢の主だ。
自分の不徳のせいで、こんな場所へ連れてこられて……いや、何にせよ、ご無事で良かった。
「おいデカブツ」
乱雑に肩に手を置かれ、耳元で吐き捨てられた。
「主人を犯せ」
再会もつかの間、言葉を失う。
我らの間の空気は即座に凍りついた。
「…………」
「でないと主人を殺すぞ」
この戦乱の時世、立場の違いは身分の違いであり、それは越えられない壁である。絶対に安全な立場にいる身分が上の者は下の者から心身を犯されるなど、それこそ拷問の類だった。
だからこそ、逆に言うと従者に犯されるなど主人の心を折るためには非常に有効な手続きではあった。
「あぁ、頭良いなおめぇ」
「……………なるほどな…」
「だろ?こういうのは殴る蹴るじゃぁ解決しねぇのよ」
…………落ち着け周幼平。
冷静に状況を考えると、いつ殺されてもおかしくないような、この危険な状況下で下された時間稼ぎのための命令が、主人を痛めつけろや殺せではなかった事がまだ救いだと思った方がいい。
心身を犯せ、であればまだ自分のさじ加減次第でこのお方をこの手で守る事は出来るのだ。
「まだブツの移送まで時間あるしよォ。まあこっちの暇つぶしも兼ねてだな」
ドンと賊徒の足で背中を蹴られ、ふらついた足で孫権様の目の前に膝をつく形で出される。
主の背後には弩を構え、何時でも難なく引き絞れるといった状態で命を握られた状態の孫権様。
座っているその主人の瞳を頭を上げ恐る恐る見上げた。
あの時と同じ、変わらぬ碧い光を宿した、意思のある強い瞳が自分を刺した。恐怖は僅かに揺らめいてはいるが、それ以上に強く生きる意思を感じる。信頼を自分に強く寄せ、自分が吹けば消し飛ぶ彼の命の灯火を握る事実への動揺は全く感じなかった。
言外に「構わない」とその目で伝えられているのだ。
俺も、共に覚悟を決めねばならない。