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とある廃人の灰色の憂鬱2



現パロでゲームランカー兼配信者なリ傭(つづき)です。

荘園は関係なく、転生パロでもなく、特にラブラブしてる訳でもなく、ピリピリしてて喧嘩し通しです。
暴言、煽り、配信パロなど諸々注意。

2020/12/25







危険な局面。


廃棄された遊園地は何故か未だに電源が繋がっていていくつかの乗り物は乗れるようになっていた。かつて人々を楽しませたであろう明るい音楽は寂れた遊び場では不気味に思えてくる。

この遊園地は大きな事件が起こった現場でもあるらしいが、いまやここは戦場だ。呼吸を殺して短くて長い時間をここで永遠に過ごすのだ。カタカタと、暗号機の解読音が辺りに響く。広いマップでは真ん中であろうと仲間を目視できない。

何処だ、敵は何処だ。

ナワーブは無傷のままエリア中央の一番目立つ解読機で一人暗号機を回していた。
回線の調子が少し悪い。動きにくさは少々あるが問題ないレベルだ。

終わりかけの暗号機は今そのアンテナを大きく揺らしている。ハンターはそれを分かっていて、一人飛ばした今、迷いなくこちらへ足を向けている事だろう。

これは囮だ。

ここにハンターがたどり着くまでの十数秒の間に少しでもこの解読機を回すのだ。仲間が立て直した後の解読が楽になる様に。
仲間からのチャットでこちらにあの化け物が向かっている事を知る。方角は西から。北側の橋を渡り、自分はそれを目視した瞬間に東にある駅方面へ逃れる手筈だ。
広いマップだというのに障害物が少なく遠くからでも見渡せる造りと暗号機間の距離の遠さは、「ハンター有利」と言われるマップの理由である。

「っ!」

ハンターの姿の端を目に捉えた。
即座に手を離して身体を翻し東側の駅へ駆けていく。

赤黒いマントをたなびかせた大きな怪物の影がナワーブへ忍び寄る。
駅に着いたとはいえここでジェットコースターに飛び乗る事はない。自分の今の役目は「仲間が回復する間ハンターを引き付ける」ためであるからだ。

「来い!来い…!」

一人が飛ばされた後の仲間同士の立て直しの動きは非常に重要である。この上位帯では当然の様な知識であるが四人生存状態で通電した場合は、一人が囮になり三人脱出を目指す事になる。同様に三人通電の場合では二人脱出を目指すのだ。二人通電はほぼ、負けと同義だ。だからこそ絶対に追い込まれた場合は三人通電を目指さねばならない。引き分けを取るために。しかしそれは三人共に健康状態である場合のみに限る。四人通電を目指した際のように誰かが負傷したままでいると狙われた際にチェイスが保たないからだ。そして、救助に行く事も出来ない。だからこそ伸ばさねばならない、このチェイスは。クソ…身体が少し、重い。舌打ちしながら肘当てを壁に擦りつけ、加速して距離を取る。

しばらく板間を走っていると背後の怪物の気配がガラリと変わる。

「まずい、ウィル…っ!」
「おうよ!」

ハンターがふと足を止めたと思えば大きな轟音と共に真後ろにいた怪物の姿が赤い影と共に掻き消えた。と、同時にウィルのいる西側のエリアにその影が現れる。回復も終わり、暗号機に手をつけていたウィルはそれを予期していたので予め用意したルートでチェイスを開始する。

大丈夫だ、全員健康状態まで持っていけて、残りは50%解読機二台。

「今から即死と救助狩りどっちもされて、通電後相当悪運がない限りは負け筋はないな。」
「っしゃあ!霧避けたっ!このチェイス伸びる!」
「ナイス!」

避ける読みの霧が画面端に放たれそれが完全に外れたのを見ると、ふぅとため息がつかれ、ハンターが挙手する。

『ハンターが投降しました』



ここからの流れが三人通電からの試合が引き分けである以外に可能性がなくなったため、早々に試合を切り上げる。ジャックがミュートにしていたサバイバーのボイスチャットへ帰ると、和気藹々とした様子であった。軽く咳払いをして帰りを告げるとほんの少しばかりの緊張の間があった後に、普段よりも少し不機嫌な声がイヤホンの向こう側から聞こえてくる。

「まあまあです、初期に比べて連携が強くなりましたね」

序盤は完璧だった。ミスもなくきちんと全員の位置把握も出来ていた。初めてハンターと邂逅したサバイバーが不注意で即死はしたものの情報共有のスムーズさは日々磨かれていく。

「ただ、先程のは傭兵がセカンドチェイスで肘当てを消費しすぎですね。4vcであるならあそこから勝ちの可能性を取るためハッチ逃げを視野に肘当ては温存すべきです」
「あーやっぱあそこジェッコ乗るべきだったか?」

ジェッコ、つまりジェットコースターへ乗り込みチェイスを長引かせる術だが、ナワーブとしてはその方策を取るとハンターを振り切ってしまう可能性を懸念し、確実に時間を食わせる近距離でのチェイスを選択していた。

「乗る必要はありません。ただ、肘当てに頼り過ぎのチェイスになっています。回線でも重かったのですか?素のチェイス力で板間読み合いをしなさい。」
「は?」
「1ポジでの牽制秒数を面倒くさがらずにもっと稼ぎなさい。まだ粘れたはずですよ。」

傭兵の役回りはチェイスではなく、確実な救助。安全な動きを優先させるための肘当ての使い方が有効である事は互いに分かっているものの、ジャックはチームを洗練させる為に普段のゲームプレイよりもより攻めた動きを求めていた。

「待て待て待て、お前が読ませない動きしてきたからあそこは移動せざる得なかったんだっての!始発で確定刃警戒してたらああなるのは必然だろ!」
「それが怠惰だというんです。クラークさんのチェイスを見習いなさい。貴方のつまらない脳死距離チェイスとは大違いです。」
「なんでイライが出てくんだよ!俺のは距離チェでもちゃんとルート選んでっから!」

唐突に話を振られたマイクの向こうのクラークと呼ばれた青年が驚いて変な声を出したが、それも束の間、イヤホンの向こう側から普段通りの怒号が飛んできて、即座にマイクの出力音量を下げる。

「そもそもですね、貴方回線がおかしいんですよ。チェイス中にカクつくのやめて貰っていいですか?」
「仕方ねぇだろ!夜なんだからサーバーが重いんだよ!」
「試合が行われるのは夜ですよ、回線の環境は同じに決まってるじゃないですか。」
「はぁーーー??!!結果的に秒数そこそこ稼げてるからいいじゃねえか!もう一回来いよガバ紳士!ガチってやるから!」
「そうやってすぐ逆上するクソガキがチーム練習の雰囲気壊してるのを自覚して下さいよ、今チーム全員の時間を貴方が無駄にしているのお分かりですか?」
「んだとぉ??!!」

いつもの、喧嘩がまた始まってしまった。これが始まると大抵ナワーブがボイスチャットを切って練習が終了してしまう。元々相性が悪い者同士のため仕方ないのだが互いの虫の居所次第ですぐにチーム練習が終わってしまうのは最近の悩みの種だ。唐突な喧嘩に焦った仲間のサバイバーのメンバーがまあまあまあ、と必死で宥めるが、今回はそれも徒労に終わり、最後にはナワーブは捨て台詞と共に部屋を出てしまった。

そして配信画面に流れるファンの「あーあ」の文字と喧嘩を騒ぎ立てる野次馬達の笑い声で今夜の練習は終了する。







『NAIBがYouBubeの配信を開始しました』


お疲れナブくん!
ナワくん練習お疲れ様です!

画面に流れる文字は練習疲れのナワーブを労るものばかりだ。
大会が近くなりこんを詰めて練習を重ね、普段のランクマとは別の神経を使う4VCのカスタムに今日もナワーブは心身共にボロボロであった。
ただ1ヶ月前に比べて確実に強くはなっていた。相方のウィリアムを振り回していた頃に比べるとチームメイトとも息が合い始めて、かなり判断力も上がっている。ただ、それはそれとして。

「うぃー…、有意義な、練習…だった…」

毎日毎日苦手な相手と真剣勝負を繰り返し、ナワーブの精神はすり切れていた。

「や、さっきのは駄目だ、キレ過ぎた。確かにあそこは俺が妥協チェイスしてた」

しかし大会に出るからには妥協したくない。沢山の応援メッセージに応えるためにも練習の反省点を確認して次回に活かしていきたい。疲れていようとも元々弱音を吐くのが苦手なので、いくらスケジュールがキツくても時間を取り、練習には休まず参加していた。

「あの男と戦う時は異常に神経使うんだよ…吐血しそ…」

と、ふと画面を見上げると色付きのコメントが流れ、その下にはある金額が提示されていた。所謂これは視聴者からの配信者への寄付金、スーパーチャットと呼ばれる特殊なプレゼントだ。ナワーブの配信は視聴者へのサービスは少ないのでスーパーチャット自体は少なかったが、最近何故か一定の視聴者から応援の品として定期的にこのプレゼントが届くようになっていた。勿論配信者はそのコメントを読み上げる時間をとり、お礼を言うのが通例で、ナワーブも最近慣れてきた所だった。

「あ…えと、スーパーチャットありがとうございます。名前は、と。」

ナワーブがコメントを遡るとやはり、見慣れた視聴者の名前がそこにあった。

「『リッパーの下僕になりたい』さん。またお前か。いつもありがとうございます。」

リッパーが好きなんだろうなと予想される名前から恐らくジャックのファンなのだろうなと予想はされる。チームを組んでからジャックのファンがナワーブの配信に頻繁に訪れるようになっていた。
きっと動物園のオリの中の珍獣のように面白がられて観察されているのだろう。ジャックとは正反対の淡白な配信方針のナワーブはすぐに飽きられるだろうと予想していたが、意外にもそこから固定ファンになる者がそこそこいたのだ。

「『いつものチーム練習発狂スパチャです』?なんのスパチャだよそれ…発狂スパチャってもう何でも投げれりゃいいんじゃねーか…うっ、ご、5000円?あり、ありがとうござい、ます…」

戸惑いながら受け取るが、この視聴者からは最近頻繁に貰っており!相手の懐事情が心配になってくる。

「や、額多くね?いらねーよそんなに…こないだのでPCのグラボも交換さしてもらったし」

スーパーチャット、略してスパチャは寄付金なので何に使おうが自由ではあるが、ナワーブからすると貰った金額を何とか配信に活かしてより良い配信を目指さねばならないなと、プレッシャーも大きかった。

「あー、じゃあ、これで材料買って今度料理配信するから…それでいいだろ?」

正直に言うと社会人ゆえ金に困っている訳でもなく、趣味も少なかったので貯金は結構持っているのだ。いくらNAIBのファンだからとてここまで頻繁に寄付をされては使う先もないし困ってしまう。

「貴方のATMとして満足です、ってなんだそれ自分で稼いだ金は自分のために使えって…お前だってもういい社会人だろ?こんな高額出してよぉ」

ナワーブは某自称紳士の配信者のようにスーパーチャットだけしかコメントを丁寧に読み上げないなどの対応をした訳でもないし、視聴者にはかなり気を使ってサービスをしているように心がけているつもりなので、これ以上を求められても機材を買い換える位しか思いつかなかった。

「『リッパーの下僕になりたい』さん??いや『追加ATMですおやつ代にして下さい応援してます』っていらねえから!!えっ、馬鹿!また5000円?!」

いや、本当にこの謎の寄付金を相手に返金させて欲しい。銀行の預金の数字が増えるだけだ。
実際はそう焦るナワーブの様子を見て視聴者が盛り上がっているに過ぎないのだが。
一時期ウィリアムに相談していたのだが、ファンからのお金はありがたくもらっておけと笑われている。特に最近は相性の悪いジャックと絡むことが増えてストレスが日々積み重なる中で疲れて配信をする時は大体スーパーチャットが入ってくる。周りを見渡すと配信者は皆頑張って活動した分のお布施を何らかの形で貰っていた。現状とりあえずもらった分使わずに別にしてあるお金の数字を見つめため息をつく毎日である。

特に視聴者との距離を詰めたいとか一緒に遊びたいという願望はない。唯一あるのはこのはまってしまったティティ5という対人ゲームが上手くなりたいという思いだけ。求められるがままに配信などをしていたが…なりたい方向との違いに戸惑っている。
上手くいかない一人カスタム練習の配信の様子と流れる視聴者の馴れ合いコメントをぼーっと見つめ、無機質に返事を返して笑う。

(配信頻度落とそうかな…)

わいわいとコメントにはいつの間にやらフレンドが何人か遊びに来ていて、その中にはイライやウィリアムも居た。きっと練習後の様子が心配で見に来てくれているのだろうか。
深夜まで画面上の騒ぎは続き、やっと今日も一日を終えた。






「………上手い…」
「おい煽りはやめろ」

真夜中、配信外での1on1。延々と教会と呼ばれるマップにてジャックとbotを使った救助練習をしていた。

1時間ほど繰り返していたが、まだまだミスは多い。まず索敵能力が高過ぎる故に最初に救助へ走る時点でルートがばれてしまう。ゆえに中距離で霧が当たってしまう。その攻撃加速で距離を離し、鬼没というスキルによる救助恐怖を誘い、一度その攻撃を避けてから救助という特に難しくないような、詰まらない救助をかましてしまったところだ。

「すみません、素直に上手いと思って出てしまいました…」
「え?は?こんくらいウィルでも出来んだろ」
「………ナワーブ君」

救助練習のためマップを一巡してから一息をつく。
ゲームの待機画面でクルクルとキャラクターを変えてジャックは今練習中の新しいハンターに切り替える。チェイスがまだ慣れていないため最近はずっとナワーブに的になってもらっていた。

「逆に嫌味になりますよ」
「……え、なにが?」
「貴方、本っ当に卑屈ですね。もっと自分に自信を持って下さい。」

今度はチェイスの練習も兼ねてサブキャラである調香師を選ぶと「救助役の人格でお願いしますね」と口が挟まれる。調香師は現環境では逃げ役兼救助役で選ばれることが多く、特にリッパー相手では実戦と同様の状態で練習するのが一番力がつく。

以前ナワーブは仕事の知り合いからたかがゲームに練習など物凄く真面目なんだなと笑われた事がある。娯楽のために技術を磨く時間を割くならもっとリアルに反映される事をすればいいのに、と。今の自分にとってはこの鬼ごっこのゲームが一番リアルなのだ。そしてここにはそんな仲間が沢山いて、自分と高め合ってくれる。この目の前の自称紳士という胡散臭いネット状でしかしらない男でさえも。

「っつってもまだ最上位入って2シーズン目だし…昨日も俺固定マッチでいつもナイエルに対戦後チャットでボコボコにされてんぞ」
「え?なんて言われたんです?」
「おい声が笑ってんぞ!動画のネタにするだろそれ!」
「笑ってませんよ!なんて言われたんです?」

最近の試合を思い返す。
毎シーズン最上位に食い込む面子に少し新参の自分が入ってから思うのが、自分は『評価される立場』であるという事だ。たった4人で組まされ化け物のように強い敵と戦うために背中を預けられる力があるのか、立ち回りの癖やチェイスの伸ばし方、負荷のかけ方、常に全員から見られている。
そして、最上位に食い込んだ大半の新参は『叩かれる』のだ。これは同じマッチを繰り返す最上位ならではの通過儀礼だ。特別に強い人間達の中に放り込まれ、自分の命を預けるに足る人物ではないと認められていない証拠でもある。
最上位に留まり2シーズン目の最近はそれも少なくなってきたが。

「ラグって肘当てゴミにするなら一生ランクマやめるかルーター買え雑魚って」
「……………………」
「笑い声をミュートで消すな!」
「…っふふ!すみません。言われてる貴方を想像したらつい」

もちろんジャックの想像の通り、ナワーブはそんな暴言を流せる質ではなく大いに反省…憤っていた。しかしいつも独善的な発言に反して仲間に貢献するナイエルに対して尊敬の念もあったので、ナワーブはこのやや弱い回線を飛ばすルータの買い替えはずっと考えてはいる。

「で、今ルーター何を使ってんですか?」
「…………牛のやつ」

今思えば、学生の時に安く買ってからそのままずっとそれを使い続けていたwifiルータだった。だがかなり使い勝手は良く、設定が簡単に出来るので引越しなどでも買い替えずにずっと使い続けていた。

「え、嘘でしょう……あれ金のない学生とかが使う奴じゃないですか、私の使っているゲーム専用の3万のにしなさい。通販のアドレス送りますから」

さんまん、と聞いて以前電気屋で見た蟹のような形のルータを思い浮かべる。おそらくああいうやつだろう…。ただでさえ狭い部屋がさらに狭くなる。

「あんなでかいの買いたくねえ…」
「買いなさい。しゃくに触りますが、上手いんですから………勿体ない。お金がない貧乏学生でもないのですから」

確かに回線が良くないと練習さえも上手く回らないから当然の物言いではあるが、いつもこの男の言い回しは鼻につく。貧乏学生の頃に買ったルータだからあながち間違ってはいないが…。即座に送られてきた通販のアドレスをチラ見すると少し型はちがうもののやはり以前見かけたルータと同様のゲーミングルータがそこに映っていた。
自分のものを見やるとその違いは即座に分かる。が、自分の部屋にあるルータはLANケーブルの配線を天井に引いているのだ。ルータが良くなるならばこのケーブルも新しいものに交換せねばならない。

ーー天井配線の引き直しかぁ…。

ただ、ひたすらに面倒臭い。それだけである。
買うのは負荷ではないのだ。部屋も狭いし、配線に手間がかかる。

「え、あ…いや…別に…まあ、買えるっちゃ買えっけど…」
「…………」

すると、今度はミュートではなく、しばらく考え込んだようにジャックは沈黙した。ゲームロビー内でも動かないのでひたすらに以前のゲームイベントで取得した『ボクシング』のエモートをジャックの使うゲームキャラクターに打ち続け、待つ。
こういう事は最近しばしばあった。
1on1しているかと思えば、突然黙りこくり何かを考えているように沈黙する。おそらくまた、今後の配信ネタや大会や今後のゲーム外での立ち回りについて考えているのだろう。いや、それとも普通にこの男の頭がイカれているから本当に頭がバグってしまっただけなのか。

「……」
「もういいです」

そして今日も唐突に会話が打ち切られ、唐突に個人練習の時間は終わりを告げるのであった。

「は??」
「おやすみなさい」

ボイスチャットを抜ける音とゲーム内のチーム解散の音がその場に鳴った。
まあまあの成果だろう。特に新しいハンターの試用運転の相手が出来たのが良かった。いろいろなスキルを使った対応策を試すことも出来たし逃げ方も勉強出来た。

「……ったく」






『NAIBがYouBubeの配信を開始しました』

いつもの夜のランクマッチの配信の時間だが、画面を見てナワーブは愕然とする。赤いタグとそこに書かれた0の沢山ついた数字。そしてもはや見慣れたハンドルネームがそこに。

「あの…『リッパーの下僕になりたい』さん?」

周りはやんややんやと騒いではいるが、ここまで来るとこの調子に乗った一視聴者を諫めなければならないという気持ちになってくる。いくらお布施とはいえゲームのキャラではないのだから課金した分だけ好感度が上がるわけではないのだ。きっとお金の使い方のわからないお金持ちのボンボンなのだろう。そこはきちんと注意しなければいけない。

「流石にこの金額は受け取れね、ません。高額すぎるし、…もうスパチャの上限額じゃねぇかよ…」

五桁の数字を見て頭を抱える。そしてコメントにはこれでゲームに必要な機材を買い揃えてくださいというコメント付き。

「本当に、…本当にいらねぇんだって…!」

ここまでくるとナワーブの感性としては迷惑に感じてくるが、ここのコメント欄の人間はやはりジャック周りの視聴者が多いらしく今回もあまり違和感を感じていないらしい。どれだけアイツは人に迷惑をかけて生きているんだ!

「ちゃんと俺社会人で!稼いでっから!!」

だからお金はきちんと持ってるからスパチャは本当にお布施程度でよいのだ、と訴えても聞く耳を持つ人は少ない。そして、スパチャのご本人から返ってくる返事さえも赤い色を施されたスパチャなのである。

「スパチャで会話するな!どんなお偉いさんか知らねぇけど!金を大事にしろ!」

そもそもスパチャで期待されても自分には何のスキルも持っていないから返せるサービスが少ないのだ。配信メインで稼いでいる配信者たちとはそもそも違う。

「いいか!お前はもうスパチャ禁止!金とか力とかそんなんで自己顕示欲を満たすな!寂しがり屋か!」

そうなのかもしれない。
コメントを隅々までしっかり読んで反応してやれば、こんな事にはならないのかもしれないが、そもそもが自分自身のサービスが行き届いていないから頂く物を素直に受け取れないのだ。

『後生ですからwifiルータを買い替えて下さい金なら出しますファンなんですお願いします』

と、再びその本人からのコメントが表示される。そう言われてしまうと…まあそうだよな、見る側は遅い回線でやるプレイなど見せられてたまったもんじゃないよな…と閉口するしかない。そうだ、これは自分だけの問題ではないから、面倒くさがっていても仕方のないことかと納得させられてしまう。

「…分かったから!」
『分かっていただけましたか』
「ほらランクマも始まるから!散れっ!散れっ!!」

と、そんなこんなしている内に、ランクマッチが始まる20時まであと1分。ウィリアムはギリギリであるがちょうどログインしたようで即座にチーム結成の申請ボタンを押す。悪い、と半笑いでボイスチャットに入ってくる聴き慣れた声に大きくため息をついて、また今日も楽しい2時間のゲームが始まる。いや、それにしても…


(なんでそんな上から目線なんだこの視聴者は…)









「wifi変えたんですね。反応速度が早い」
「すっげ、ヌルヌル動くんだよなぁ。ナイエルにもこれで怒られねぇだろ…」

しばらくして、発注した新しいwifiルータが届き早速組み上げて設定すると、意外にも最近のルータは設定がしやすくすぐに新しいものへの入れ替えは終わった。その様子をなぜかボイスチャット越しに見守りながら嫌味な男がニヤついた声で絡んでくる。しかもその様子を何故か10万人のチャンネルで配信しようとしていて先程止めた。何が楽しくて絡んでくるんだお前は。早速、とゲームに呼び出され動きを確かめると、窓や板を越える感覚が普段の2倍くらいに感じる。なるほどこれが皆が使う通常環境なわけか。これは…ナイエルに怒られる訳だ…。この環境を見てしまうと一人だけ海の中で試合していたようなものだ。くるくるとリッパーの刃を避けながら何度も窓越えを行い、感覚を掴む。

「反射神経…本当に良いですね…これが若さですか……あぁ、あなたは社会人でしたっけ」
「あれお前に言ってたっけ?」
「……言ってましたよ」
「さてランクマッチまで後五分。配信始めますね」
「あ、俺も、じゃあな」

さて、今日もティティ5始めるとするか!

PCを立ち上げて、自分のスマホの画面をモニターに映してそれを配信する。そしてモニターの端には先程の男の配信を小さく表示させておく。


『NAIBがYouBubeの配信を開始しました』
『jAckがYouBubeの配信を開始しました』


ヘッドホンを被り、マイクをオンにして音量の様子を見る。よし、問題ないようだ。しばらくすると普段に比べて機嫌のよい声がヘッドホンから流れてきた。


「紳士淑女の皆さん、こんばんは。本日もランクマッチ始めて行きたいと思います。」





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